106万円の壁の話。
ニュースとかで耳にする機会が多いかもしれないけど、106万円の壁はおおよそメジャーになったように思う。
106万円の壁は、いわゆる年収の壁のうち社会保険に関わる年収ラインのことだ。
「年収が106万円を超えてしまうと社会保険に入らなきゃならないから、そこまでは働きたくない」
FP事務所を運営していてそのような声を耳にする。
巷では、人手不足の中、働き控えを是正するために106万円の壁を撤廃し、より多くの人に働いてもらうようにするなぞと言われている。
だが、このような撤廃の理由は問題の本質を捉えていない。
本丸は「所得代替率の向上」だ。
所得代替率は、現役世代の男子の平均手取り収入に対して、もらえる年金がどれぐらいかを示す指標である。
今年の7月、年金財政の検証が行われた。
ここで示された試算によると、過去30年の投影ケース(過去30年の経済情勢のような場合)で、2024年時点での所得代替率は61.2%となっており、2057年になると50.4%に低下することが示された。
つまり、これは、現役世代の男子の平均手取り収入に対してもらえる年金が、2024年と比べ10.8%減少することを意味している。
金額にすると、2024年の年金月額は22.6万円だが、2057年では21.1万円に減るということだ。
シミュレーションで用いられているケースは他にもあるが、過去30年のような経済情勢が続く場合、そのような試算になっている。
これはまずい。
このケースで行った場合、所得代替率は50%を維持するものの、もらえる年金額は月21.1万円のわけだから減ってる感はある。
加えて言うと、モデル世帯が夫婦ふたりの専業主婦世帯だから、イメージとしては大企業で勤めていた夫とその妻のような世帯で、それ以外の人たちはもらえる年金はもっと少ないわけだ。
だからまずい。
おそらく国は、老後の暮らしが苦しくなる人が増えることを想定し、厚生年金に加入する人を増やそうとしているのだろう。
以前は、厚生年金に加入する必要のある企業規模、つまり、雇っている従業員の数が101人以上の場合に厚生年金に入る必要があったが、今年の10月から従業員の数が51人以上の企業でも入ることになった。
これが現行の106万円の壁の一要件だが、これを撤廃し、さらに厚生年金の加入者数を増やそうとしている。
今行われている議論では、
①従業員:51人以上⇒撤廃
②労働時間:週20時間以上⇒維持
③年収:106万円(標準報酬月額8.8万円)⇒撤廃
の方向で動いている。
つまり、「週20時間以上働くなら厚生年金に入ってね」という話だ。
これを聞くと、おそらく「厚生年金の保険料を払わなきゃならなくなるじゃん。手取り減る」と思うだろう。
そんな声があることは国としてはわかっており、だから「期限を設けて(時限措置として)、年収156万円までなら保険料を事業主がより多く払うようにするから安心して働いて?」と言っている。
ここで思う。
「156万円ってどこから出てきた?」
標準報酬月額表では、年収156万円は月にすると12.6万円で、区分の上限額が13万円であるため、この金額に12ヶ月を掛けると156万円になるという計算だ。
では、なぜ、時限措置を設けるのか。
最低賃金が毎年上がることを想定しての話だ。
どの道、最低賃金を上昇させていくので、放っておいても年収156万円(月13万円)にはたどり着く。
これを見越しての時限措置ということなのだろう。
一方、従業員を雇う事業主の保険料負担は増すことになる。具体的にはどれぐらいの負担になるかはこれからの議論なのだろうが、増えることは増えるため、事業主に対して何らかの支援を行うようだ。
そこまでして、働く人に厚生年金に入ってもらいたいと国は考えている。
その訳は、冒頭で話した所得代替率を減らさない、できれば試算結果よりも上昇させることを目的にしている。
じゃなきゃ、現行制度で行けば、もらえる年金が減ってしまう。
なんか、ニュースを見てるとおかしさを感じる。違和感というか、明後日の方向で報道されているように映る。
106万円の壁を撤廃するのは、人手不足の解消だ、保険料の支払いが発生することでパート主婦の手取りが減る、従業員を雇っている事業主は保険料の支払いが増えるから大変だ、等々、問題の本質がスルーされている。
106万円の壁撤廃の本質的な目的は、所得代替率の向上であり、もらえる年金が極力減らないようにするための対策であることは明らかである。
要するに、「将来もらえる年金が減る可能性があるから、より多くの人に厚生年金に入ってもらいたいんだ」って素直に言えばいい。
政権崩壊すると思うけど。
それを言わない国も、メディアも、なんだかおかしい。
ついでに言ってしまうと、国民民主党が提案している103万円の壁を178万円に引き上げるって案。
これと並び立てて106万円の壁撤廃の話がされていることも本来おかしい。
なぜならば、103万円の壁は税制に関わることで、本来、社会保険とは別の話だからだ。
年金財政の検証は5年に一度行われる。今年がその年に当たる。
そして、翌年、年金制度改革が実施される。今の議論はそれに向けた議論だ。
次の年金財政検証の結果が出るのは2029年。
そして、2030年、年金制度改革がまた実施される。
この頃、団塊ジュニア世代は60歳前後で、人によっては定年を迎えるだろう。
おそらく、その頃は65歳定年制を採用する企業が今よりも多くなり、これを踏まえると、今から約15年後の年金制度改正に向けて議論が沸き起こってくるように思う。
この国では、人数が多い世代が定年間近になると、大きく年金制度が改正されてきた経緯がある。
そのような経緯を踏まえると、年金の支給開始年齢の引上げ(65歳⇒68歳 or 70歳)が実施されるのは2030年か、2035年の年金制度改正なのかもしれない。
その前に、一発、第3号被保険者制度の廃止という大きな改正が入るような気はする。
この国は、ある意味、年金制度に支配されているのかもしれない。
年金制度を維持するには、維持できるように改正を行う必要がある。
それを目的に税制が改正され、経済政策が実行される。
例えば、話題の103万円の壁を引き上げるという案について、反対意見はあるものの、条件付きで譲歩してきている政府の姿を見ると、年金制度にとってはプラスになることもあるので条件を付けてOKを出しているのだろう。
また、日銀の追加利上げに関しても、どう考えてもまだ日本経済が回復していないタイミングでさらに金利を引き上げるのはおかしい。金利を上げれば、国債の利回りが上昇するので、GPIFとしては年金の国債運用益(利息分)が確保しやすくなる。
予定では2040年以降で年金積立金を取り崩す計画なので、早めに運用効率を上げ、マクロ経済スライドの調整期間を短縮したいという考えなのだろう。
106万円の壁撤廃の報を受けて、国民は明後日の方向の議論をさせられている。
ぶ~ぶ~文句を言うよりも、問題の本質を捉えて、今、何をすべきかを考えた方が余程意味がある。
なぜならば、自公政権が代わったとしても、立憲民主が政権を奪取するだけで、方向性は何ら変わらないから。
むしろ、真正面から年金制度改革の内容を自ら調べ、経済面で人生設計をどのように組み立てればいいかを考えた方が有意義といえる。
なんでワーク・ライフ・バランスなの?
なんで最低賃金を1,500円に引き上げようとするの?
なんで兼業や副業を奨励してるの?
なんでリスキリング(学び直し)を推奨してるの?
なんでNISAを新しくしたの?
なんでiDeCoの拠出限度額を引き上げようとしてるの?
なんで生命保険料控除を引き上げようとしてるの?
現役世代、特に団塊ジュニア世代から下の世代の所得代替率を引き上げる必要があるから。
そして、どの道、もらえる年金は将来的に減る可能性が高いから、自助努力で何とかしてもらう必要があるから。
おそらく全てはここにつながっている。
これらが嫌で、実行に移さないのなら、政治を変えるしか方法はないように思う。
でも、そっちの方が非現実的だろう。
国の政策には意図があり、企図がある。
それらを読み込み、まず素直に理解すること。
穿った見方はいったん置いて、理屈を頭に入れる。
そして、自分や家族に合った方策を考える。
その時に迷えばいい。
出てきた報道に文句を言っている限り、この国では経済的な豊かさは得にくいだろう。